またしても新人登場。
とは言え、「怪談最恐戦2019」の投稿部門で一度接しており、その際の発表作品3作品をいずれも評価していたようだ。
そこでもちらと書いているようにかなりのシュール系。小田イ輔とはまた違う風合いの不条理感を存分に楽しめた。
この本もほとんどの話が楽しめたのだけれど、多くなり過ぎても、ということで普段より厳しめのチョイス。特に後半は慣れてくることもあってより絞り込んでのものとなっている。
「登山の思い出」毎回書いているけれど、山の怪談にはどうしてもちょっと甘くなってしまう。と言うか正確には惹かれてしまう。
この著者は山登りが趣味のようなので、幾つか山関連の話が収められており興味深い。
山中で遭難しひっそりと死んでしまった人がその存在を知って欲しくて精一杯のアピールをする。語り手が偶然に双眼鏡を向けたことが発見に繋がって良かった。
「旅番組」これは最後のCFも変だし、もしかすると怪談などでは無く意図的に作られたものである可能性が無いとは言えない。
しかし、普通であれば収録番組なのに怪しい女がずっと後を付いてくる、というのも妙だし、何より仮に本当に殺人があったとしても一般の民家をばっちりと放送してしまい、しかもそれでぷっつりと終わる、というのはまあ考え難い進行だ。
何かオチのようなものがあるわけでもないようなので、ホラー番組としても中途半端。
不思議としか言いようが無い。
「バス」不条理系の一本。まるで通勤バスか電車のようにすし詰めの観光バス。確かに変だ。それ以上何とも解釈の糸口すらないのだけれど。最後の事故の話はどうにも関係あるものとは思えず、余計。
「花瓶の中の世界」最後の問答から、これが語り手の妄想である可能性も捨て切れない。
しかし、何だか居心地の悪い変な気持ちにさせられる話であることは確か。怪談としては充分に面白い。
花瓶の中に何故自分たちが見えたのか、Hとは本当はどういう関係だったのか、この廃墟はどういったところだったのか、謎は多い。
「放置車両」何人もの人の目に触れる場所にあった車両に4日間も放置された死体。
こういう本なので、都会って冷たいね、という話では無論無い。
車の存在には少なくとも店の人たちは気付いており、複数監視の中でのどうにもあり得ない事件。
何故4日目になって姿を現したのかも謎。そろそろ状態として限界を迎えたのだろうか。
「宇宙人の涙」よくある記憶から消されてしまうネタのようでそうではない。
ここでは皆の記憶には残っていながら、卒業アルバムからだけ消えてしまっているのだ。
空の記憶がない人がいるのは単に元から疎遠なだけだった可能性もある。
アルバムも複数の人間が見ているわけで間違いや妄想でもない。しかも通常ではあり得ないことだ。
所々何だか良く判らないところもあり、この話には語られていない(語り手が知らない)要素が結構あるようにも思われる。そういう意味ではもっと大ネタになりそうなのに何だか勿体ない感じもある。
「逆の二階」これも変な話だなあ。
無理矢理解釈しようとすれば弟が一目会いたくて空間を歪めて自分の部屋に呼び入れた、という風にも取れなくは無い。それにしては愛想がなさ過ぎだけど。
異世界ものとも違う、どうにも収まりの付かない、この著者らしい一品。
「おい」猫又のように、妖怪と化した犬だったのだろうか。
それにしては、単に名前を呼ぶだけでそれ以上何もしない、というのも不思議だ。
まあ、突然相手のフルネームを二回も呼ぶ、というのも訳が判らないことではある。
「父の書斎」温泉地の廃墟の中に突然出現する父の書斎。埃まみれの様子から空間を超えて繋がってしまった、というわけでもなさそう。
「ごめんなあ」というメッセージと離婚との繋がりはよく判らない。むしろ関係あるとは考え難い。車中で同じ台詞を聞いた、というのはそれ以前にメッセージを読んでいたせいでそれだけが強く記憶に残ってしまった、という可能性も有り得る。
全体に何だかもやっとした気分にはさせられる。
「指の話」それぞれのパートが何とも言えない浮遊感のような、現実か夢か判らないような曖昧な雰囲気に満ちている。そして全く意味不明でもある。
まず穴の中に何か得体の知れない生物が潜んでいたのだろうか。ここで読む限りでは少なくとも日本に棲息している生物にこんなものはいないと思うけれど。
そして唐突に時間が飛び父と病院に行った帰りに指塚を参らされる。これも一読した時点では何故父が突然そんなことをさせようと思ったのか理解できなかった。
しかし、読み返してみて、病院に行った理由と現在の彼の姿を思い合わせてみると、この時語り手は既に指を失ってしまっていたのではないか。だから指塚に行った、となるととても納得がいく。今に繋がる間の話が全く無いのも。
「本当に大切なこと」これも何とも言えない話。しかも怪談と言えるか微妙でもある。
いわゆる怪異は何も起きてはいないからだ。
しかし、このマコトさんが行っていることについては興味津々である。
ただの当てずっぽうなのか心理学の応用なのか、何か別の力なのか。
どの位占いとして成立していたのかも気になる。何しろ悩みを訊いたりもしないようなので。
そして、最後に被験者が答えさせられる死亡時期と死因は、妄想に過ぎないのか実現してしまうものなのか。一例でも良いからその後が知りたかった。
基準を厳しくした、というだけで無く、前半に力作を集中させたのか、後半はやや弱い作品が多くなっていた。
それでもこのところ欲求不満が溜まりつつあったので、これですっきりと解消できた。
この著者も性別が判らない。山登り趣味となると男性の可能性が圧倒的に高いけれど、何となく所々女性のような印象もちらりとすることがある。
「指の話」のように著者自身が登場する話もあるので、その場面を想像するのにこれでは何とも困る。まるで絵面が違うので。
とにかく読んで変な気分になれることは間違いない。それがこの著者の一番の持ち味か。
今後も期待したい。
実話怪談 花筐posted with ヨメレバ鈴木 捧 竹書房 2020年09月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る